三笠プロジェクト・定点記録

三笠プロジェクト2012の定点記録写真を公開します。2012の制作では、何も無い体育館から、一週間で炭鉱町の地形が立ち上がるという変化が見られます。



これが元々の状態。


1×4ダブルの柱が立ち始めました。


どんどん増殖していきます。


梁が渡り始めました。




手前にも膨らみ、地形らしく。





構造用合板が貼られていきます。


丘のように。


続いて曲げベニヤ。


なだらかな地形に。


さらに段ボール。


白ペンキ。


炭住が並び、風景らしく。



いかがでしたか。この後、2013の制作を経て現在は体育館全面を地形が覆い、炭住は倍以上に増えています。今年の制作ではさらに変化を見せる予定です。是非とも現地で実物を見ていただきたいものです。
公開制作は10日からですが、コールマインチームは仕込み作業のため、9日朝から現場に入ります。
13日の完成公開、皆様のご来場をお待ちしております。

(菊地)

三笠プロジェクトの歩み 番外編

公式には紹介していませんでしたが、三笠プロジェクトで北海道に通う中で、このような事もありました。

藤女子大学のシンボルマーク策定

藤女子大学というのは札幌にある4年制の私立女子大学です。とあるご縁から、ご協力させていただきました。1年近くかけて、大学側のご意見やご要望をお聞きしながらまとめました。
アートプロジェクトの一環で、大学のマークをデザインするというのは中々ないんじゃないでしょうか。三笠ふれんずの繋がりがあり、更にこういったオーダーにも応えられるプロジェクトメンバーがいてこそ実現したものです。
末永く愛されるシンボルマークとなる事を願っています。


(菊地)

三笠プロジェクトの歩み その5

■内部制作と地形完成

当初は、三笠プロジェクト2013にてインスタレーションの完成を目指していました。そのため、地形内部の制作は別途進めておく必要があり、林氏とスケジュール調整した結果、2013年1月末に実施しました。除雪されず、校舎内に入るのも一苦労の美園小学校にて、極寒での作業でした。毎年夏に実施しているプログラムとは真逆の、真冬の制作。過酷な環境でしたが、夏に比べて集中して作業が出来ました。


冬の美園小学校





ちなみに、夏と冬では太陽の光線が全然違います。巨大ジオラマは雪解けの炭鉱町がモチーフになっています。ほとんどの方は夏場の強い日差しか体育館の照明でしか作品を見ていないと思いますが、冬の自然光が圧倒的にいいです。形容しにくいのですが、茫洋とした空気感、冬の炭鉱町らしさが全然違いました。冬場は公開していないので、基本的に見る事は出来ませんが、今後あえて真冬の作品公開をしても面白いかもしれません。
ちなみに、(特に設定はしていませんが)地形内部の「夜の風景」は雪のない町のイメージです。

そして2013年秋の制作では、地形が完成し、内部もほぼ形になりました。これで完成と思いきや、まだまだやるべき事が。以下、2013の制作スナップより。











三笠プロジェクト2014で更に美園体育館の整備を進めます。最後にどう変わるのでしょうか。
ぜひ実際に会場で見ていただければと思います。次回は番外編です。

(菊地)

三笠プロジェクトの歩み その4

■炭山の光

2009年、岩見沢にある、そらち炭鉱の記憶マネジメントセンターにて「川俣正 コールマイン研究室 炭鉱アートプロジェクトドキュメント展」を開催。NPOからの依頼にて実施したものでしたが、その流れから再度依頼をいただき、2011年に同会場でコールマインラボが制作したのが「炭山の光」。展示の詳細は割愛しますが、かつての炭鉱を光で表現したインスタレーションで、この時の実験が美園体育館地形内部の「夜の炭鉱町のイメージ」につながっていきました。というのも、2009年目黒区美術館の炭鉱展と同様、この作品にも手応えと発展の余地を感じていました。同時に改良点も。


「炭山の光」より、光の坑道


「炭山の光」より、夜の炭鉱町





共同制作の林哲氏と、某炭鉱跡地にて。


東京で川俣氏と会った折、「炭山の光」の写真を見てもらったところ、地形の内部にこれを作ってダブルイメージにしようという話になりました。ここまで読んでお分かりになったかと思いますが、美園体育館のインスタレーションは、外側=川俣正、内部=コールマインラボ共に一度実験を経た上でのバージョンアップ、発展版です。そしてどちらも炭鉱町の「風景」がモチーフとなっています。

■15年前のアイデア

「夜の炭鉱町」ですが、実はこの作品の構想源となっているのは、もう15年前の出来事。1999年、写真家集団グループ炭坑夫として林哲氏らと共に活動しており、頻繁に空知へ足を運びリサーチと撮影などを行っていました。当時、菊地はデザイン学校で建築コースに通っていました。学校そっちのけで炭鉱漬けの毎日を送っていたなか、集合住宅の設計課題があり、迷わず「炭住長屋を現代風にアレンジする」というプランで設計しました。当時から、かつての炭鉱町の生活文化が生んだ風景に興味がありました。「炭山の光」プランニングの段階で林哲氏から「地下だけでなく地上の風景もつくってはどうか」と提案があった際に、真っ先に思い出したのがこのアイデアでした。川俣氏と林氏の提案なくしては(15年越しに)復活しなかった、実現しなかった作品です。


当時の模型写真。


川俣氏は活気のあった時代の炭鉱町の最後を知っている世代、一方コールマインラボ(菊地+林)はリアルな炭鉱を知りません。特に我々が炭鉱に興味を持った90年代というのは、炭鉱遺産が徐々に壊され、多くの旧産炭地はテーマーパークやリゾートといった開発で炭鉱のイメージを上書きしていた時代でした。活動していた期間だけでも炭住やホッパーなど、様々な炭鉱遺産が解体されるのを目の当たりにしていました。
(その後、2000年前後の廃墟ブームから、現在の産業遺産が注目を浴びる時代に至る訳ですが・・・)
本作品は、リアルな炭鉱を知らない我々がさらに下の世代の学生と協働しながら、残された写真や資料を手がかりに、夜の炭鉱町はきっとこうだったのではないか、こんなに凄かったのではないかというイメージを形にしようとしています。と同時に、昔の再現を目指すだけではなく、新しい炭鉱町のイメージも作っていければと考えています。
つづく。

(菊地)

三笠プロジェクトの歩み その3

■三笠ふれんず

2011年夏のワークショップで作品のプランが決まったものの、資金がありません。普通は、美術館や自治体からのオーダーや助成金なくして、それなりの制作を伴うプロジェクトをやるという発想はないのではないでしょうか。そこで立ち上がったのが、川俣氏の同級生の皆様。ワークショップの中で川俣氏の口から「会員制にして、会費を頂き、会員に特別な特典を用意する」というアイデアが出ていました。じゃあそれをやってみようと、三笠ふれんずが立ち上がりました。中心となったT氏の実行力とスピードには脱帽でした。
はじめから助成金や行政に頼らず、自分達で出来る事から始めようというシンプルな行動に強く共感し、会員募集のチラシなどこちらで出来る事はフォローさせてもらう事にしました。川俣氏も、会員全員に直筆のドローイングを進呈するという男気(作家気?)を見せ、初年度は170口もの入会がありました。そして、会費を原資として2012年の制作に着手出来る運びとなりました。



1年目の会員募集チラシ。写真は、炭鉱展のものです。


ご存知、三笠ふれんずのマーク。


北海道新聞の記事。


体育館に制作するインスタレーションイメージ。


■三笠プロジェクト2012

期待と不安が入り交じる中、美園体育館での制作がスタート。廃校のため、電気ガス水道トイレ全てが使えません。このような環境の中、北海道教育大学と室蘭工業大学の学生が制作をサポートしてくれ、一週間で体育館の半分以上を覆う地形が姿を現しました。ふれんず会員の皆さんや地元の方々にもご協力いただきました。何はともあれ、制作に着手してしまえば、もう作り続けるしかありません。
以下、2012年の制作スナップです。













次回は、コールマインラボが制作する「夜の炭鉱町」とそのイメージ元について。


(菊地)

三笠プロジェクトの歩み その2

■北海道インプログレス始動

2009年を最後に空白の期間に入ったと前回書きました。しかし、それまで毎年北海道に通っていた事がきっかけになり、2010年末に北海道立近代美術館から、トークとワークショップが出来ないかというお話がありました。そこで、「北海道インプログレス」というタイトルで、北海道全域をフィールドとした新たなプロジェクトを立ち上げる事となりました。そして2011年1月、2日間かけて講座・シンポジウム・ワークショップを実施。様々なプロジェクトのアイデアが出たものの、具体的な実施計画までには至りませんでした。美術館のプログラムの後、三笠市内を改めてリサーチ。川俣氏の出身地であり、何度か通っていた事もあり、三笠の廃校で何か出来そう・・・という感触を掴みました。


道立近代美術館でのプログラム


冬の三笠リサーチ




今や風景が一変した美園小体育館にも訪れていました。閉校になる前の事です。




■プロジェクトサイトは、旧美園小学校

3月には室蘭市民美術館にて学生によるワーキングプロジェクトを実施。そして7月には「三笠で実施する具体的なプランを考える」ワークショップを実施。リサーチした廃校のうちの1つ、旧美園小学校が舞台。北海道教育大学と室蘭工業大学の学生が中心となって参加し、廃校を活用するためのプランニングを行いました。この時、(これは菊地の独断だったのですが)室蘭工業大学の学生に無理をお願いして、校舎の模型を作ってもらいました。彼らは徹夜で模型を完成させ、この模型があった事でプランイメージが具体化しました。プランニングが続いていたこの取組みが「飛ぶ」きっかけになったと思います。現在に至るまで、三笠プロジェクトに参加している室工大チームは本当に優秀で、これからもプロジェクトが前進するのに不可欠な存在です。



模型を使ったプランイメージ。外回り。


これが体育館。この時に「内部には風景をつくる」事が決まっていました。


今にして思えば、2008年からこれだけの回数を重ねて企画を練り、様々なアイデアを出し、プランニングした助走期間がとても意味を持っていると感じます。しかし当時は、何年もアイデア出しやワークショップが続き、いつになったら具体的なものに着手出来るのだろうか、このまま企画案だけで終わってしまうのでは? と感じたりもしていました。そんな思いから、校舎の模型による具体的なプランニングに導き、それがその後の制作につながっていったと思います。

そして、制作に着手する最大のきっかけとなった「三笠ふれんず」が立ち上がります。つづく。


(菊地)

三笠プロジェクトの歩み その1

3年がかりで制作してきたインスタレーションの完成・公開となる、三笠プロジェクト2014。プロジェクトにとって1つの句読点になる事は間違いありません。そこで、当ブログでもカウントダウン企画として、これまでのプロジェクトの歩みを写真を中心に振り返ってみたいと思います。

作品の制作を開始したのは2012年ですが、実際には2008年から準備・リサーチ・プロジェクト実施の模索をしてきた経緯があります。今回は、北海道インプログレス前夜(2008〜2010)を振り返ります。個人的なコメントも交えていきます。


■きっかけは「通路展」?

2008年、東京都現代美術館にて展覧会、川俣正「通路」が開催されました。この時に菊地はコールマインラボとして参加。会期中、北海道から様々な方が来場され、北海道でも何か出来ないだろうかという話に。
そして、この年の夏に北海道文化財団の「アートプロデューサー養成講座」という企画の講師として、川俣正と菊地拓児を三笠に呼んでいただきました。北海道文化財団・三笠市教育委員会・北海道教育大学・地元の皆様に迎えられ、楽しいひとときを過ごす事が出来ました。会場となったのはミカサモダンアートミュージアム。翌年も同様にプログラムを行いました。その都度、市内を巡り、地元の皆様と交流していました。特に川俣氏の同級生の皆様は、毎回集まって大変盛り上がっていました。その強い繋がりが、その後の三笠ふれんずへと繋がっていったのだと思います。


2008アートプロデューサー養成講座


懇親会にて。地元の皆様と記念撮影


2009アートプロデューサー養成講座


ワークショップのために制作した模型

ちなみに2008年秋には、秋吉台国際芸術村・宇部ときわミュージアム・福島現代美術ビエンナーレの企画で、川俣氏とコールマインラボが呼ばれ、炭鉱をテーマに各地で様々なツアーや展示等を行いました。私自身も、かねてから空知の旧産炭地に通ってきた者として、空知の炭鉱町でも川俣氏と共にプロジェクトに取り組めれば面白いなとぼんやりと考えていました。

しかし、2009年のプログラムを最後に文化財団の枠が無くなってしまいました。北海道での展開はいったん白紙に戻った訳ですが、ここでまた現在の三笠プロジェクトにつながる出来事がありました。


■「炭鉱展」で生まれたイメージ

2009年末、東京の目黒区美術館で「文化資源としての炭鉱展」が開催されました。ある意味、『伝説の展覧会』とも呼ぶべき本展の解説は省きますが、出展を依頼された川俣氏と話しているうち、「炭鉱町のジオラマを作ろうか」という言葉が出てきました。美術館の地下にある区民ギャラリー全体を使い、炭鉱町の風景をつくるという試み。近くの商業施設から不要になった段ボールを大量に頂き、ボランティアスタッフと共に特撮セットのようなスケールの、炭鉱町の風景を制作しました。これが無かったら現在の三笠の作品は全く違うものになっていたと思います。






制作中の1コマ。左:川俣正、右:菊地拓児

というのもこの作品、まだまだ発展の余地を感じたのです。炭鉱町の風景を知っている者からすると、「炭住がもっと欲しいなぁ」「北海道の炭鉱町はもっと山谷があるよなぁ」とも思ってしまいました。具象的な作品というのは川俣氏の仕事の中でも珍しいものでもありますので、個人的にももっと見てみたいという感想を持っていました。

そして、2011年に北海道インプログレスが立ち上がる事になります。続きはまた次回に。


(菊地)

三笠プロジェクト2014 告知

三笠プロジェクト2014の日程とプログラムが決定、情報解禁となりました。
北海道インプログレスwebサイトにリーフレットのデータをアップしました。ぜひご覧下さい。





今回は、3年の期間を費やして制作してきたインスタレーションの完成・公開となります。完成した作品は、当面は保存出来るかと思いますが、雪害の多い土地でもあり、長期的な保存・公開については現時点では未確定ですので、この機会にご覧いただけたらと思います。「三笠」と聞くと、札幌の方でも「少し遠いなぁ」と思われるかもしれませんが、高速を利用すると40分くらいです。最終日、皆様のご来場お待ちしています。

(菊地)

三笠プロジェクト フォトレポート

北海道インプログレス立ち上げ時から現在の三笠プロジェクトまで、継続的に撮影をしてくださっている写真家・露口啓二さんの写真が届きましたのでその一部をご紹介させていただきます。




























美園小学校は来春まで冬期閉鎖となります。

(菊地)


三笠プロジェクト2013 内部仕込み作業




三笠プロジェクト2013のプログラムについて、北海道インプログレスホームページにアップしました。
先日、コールマイン研究室メンバーで現地入りし、地形内部の仕込み作業を行ってきました。コールマイン研究室メンバーである林哲氏のWLBツイッターでも報告が上がっています。
かつての炭鉱町の風景をモチーフにした、ダブルイメージのインスタレーションを是非体感下さい。


(菊地)


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