2015.3.15 荒尾市世界遺産シンポジウムin 三池 「三池炭鉱・三池港の世界遺産登録を目指して」

こんにちは。コールマイン研究室九州支部の國盛です。
宇部、仙台、筑豊、三池と渡り鉱夫のように歩き回っています。
本日は熊本県荒尾市で開催された世界遺産シンポジウムを拝聴した
レポートを行います。

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2015年3月15日 熊本県荒尾市 荒尾総合センター大ホールにて

「世界遺産シンポジウムin三池 三池炭鉱・三池港の世界遺産

登録を目指して」が開催されました。

荒尾市はかつて三井三池炭鉱が栄えた場所として、福岡県大牟田市

と共に急激に成長しました。荒尾市は万田坑を中心に炭鉱都市が

形成されましたが、石炭を掘っていた期間は約50年となります。

三井三池炭鉱は1997年に閉山し、もうじき20年を迎えようとして

います。「負の遺産」としての認識も高かった炭鉱遺産は、近年

「明治日本の近代化産業遺産群」の構成遺産として、ユネスコ世界

記憶遺産に暫定リストとして記載されています。

いよいよ世界遺産登録が期待される中、三池炭鉱の産業遺産を

どのような態度や姿勢で受け止め、伝えていくべきでしょうか...。

この日は九州大学教授の藤原惠洋先生の基調講演と共に、地域で

活躍するパネリストの4名の方のパネルディスカッション、

記念講演に世界遺産検定最上級マイスターの本村健太郎氏から

お話をいただきました。 

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会場には明治日本の産業革命遺産のパネル展示が行われていました

藤原惠洋先生からは、三池の炭鉱遺産は、ユネスコ世界遺産の基準

である顕著な普遍的価値を有していると評価されていることを

踏まえ、地域は次の段階を考えていかなければならない、と指摘

されました。近年世界遺産登録を果たした富士山、富岡製糸場等の

先例から、インタープリテーションの必要性を述べられます。

炭鉱遺産は、櫓や立坑といった上屋の保存や評価に意識が向きがち

ですが、最も大切なことは地底で石炭を掘っていたということで

あり、それを知るためのシステムに対する理解や当事者の物語を

ありありと伝えていく仕組みこそが重要。

廃墟ではなく遺産として、包括的な価値を学び取った市民が

仲間や来訪者に自分の言葉で臨場感たっぷりに伝えてゆくことの

重要性を述べられました。

パネルディスカッションでは、万田坑ファン倶楽部会長の

瀬戸洋氏、荒尾市観光協会会長の山代秀徳氏、大牟田市立駛馬北

小学校教諭の蓮尾敏之氏、大牟田市企画総務部総務課市

史編さん室室長の山田元樹氏が登壇されました。

万田坑ファンクラブの瀬戸さんからは、資料、ジオラマ、映像、

ガイドによって立体的に見学者に伝えていくこと重要性と難しさ、

そして後世へ伝えることの役割の大切さを語っていただき

山代氏も同様に、炭鉱遺産は児童・学生にとっても貴重な教材で

あることをお伝えいただきました。

蓮尾氏からは、駛馬北小学校の小学4年生〜6年生が、三池炭鉱

遺産および明治日本の産業革命遺産群を、主体的に学び、地域の

人々との関わり通して理解を深め、地域に対する愛着を醸成して

いる過程が話されました。山田氏は、かつて師事した荒尾市出身

で古人骨の研究をされていた田中良之先生は、1986年の時点で

すでに三池炭鉱が国を代表する遺産になると述べられたことから、

宮原坑を中心とした三井三池炭鉱の産業遺産を価値付けと普及を

長年に渡って行ってこられたことが語られました。

同時に、遺産はこれ以上増えることはないが、資料や映像、物語

といった掘り起こすべきものはまだまだ沢山あると仰いました。 

私自身が大牟田の小中学生であった時、衰退する(あるいは閉山

直後)であった炭鉱に対する眼差しは、どこか遠く、郷土の歴史

文化を伝えるものとしては、到底取り上げられるような印象は

なかったように感じます。しかし、時間の経過や行政・民間団体

による保存活用、そして世界遺産という外部の評価によって、

公共の財産や物語として受け継がれる窓口が、より広く開かれ

ようとしています。この機会を大切に、安易な消費に傾倒しない

意識と、地域住民としての意識を持ち、多角的な角度から、より

様々な評価検証を行っていきたいと感じました。

國盛


2015.3.5−6 仙台市 伊達伸明氏によるアートプロジェクト「亜炭香古学」 亜炭の歴史があったんだ!

こんにちは。コールマイン研究室 九州支部の國盛です。
今回は東北のレポートを致します。
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2015年3月5日(木)〜6日(金)
 2012年から、仙台市および仙台市市民文化事業団が主催する伊達伸明氏に
よるアートプロジェクト「亜炭香古学」の現場に赴きました。
伊達伸明さんは、取り壊されることとなった建物から資材を取り、ウクレレ
を作って建物の持ち主に渡す「建築物ウクレレ化保存計画」などで活躍されて
いるアーティストです。2012年からは、仙台市から依頼を受けて、仙台で
戦後まで採炭されていた亜炭の歴史文化に着目した「亜炭香古学」という
アートプロジェクトを行われています。長らく取材したいと思っていた方
でしたが、今回念願叶って現場でお会いすることができました。

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今回は、2015年8月に仙台メディアテークにて開催される大規模な展覧会も
視野に入れながら、旭が丘の日立システムズホール仙台にて、1ヶ月間
アーティストインレジデンスを行われています。

日立システムズホール(元仙台市青年文化センター)は楽都仙台を標榜する
仙台市
が1990年に設立したホールで、シアターやコンサートなどに適した
作りです。
伊達さんのアトリエは2階にありました。 
 
伊達さんは兵庫県生まれ大阪市在住ですが、仙台市にはご実家があるとの
ことで仙台にもゆかりがあり、このプロジェクトが始動しています。

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仙台には、石炭の一種である亜炭が採掘されていました。主に家庭用燃料
として用いられ、地域には中小の炭鉱が複数ありました。戦後復興期には
人々の生活を支える大切な燃料として重宝されましたが、1960年以降の
エネルギー革命によってその歴史には幕を閉じます。大規模炭鉱と異なり、
零細企業によって運営されていたことや、石炭に比べてやや劣る存在という
認識が人々にあったことで語られる機会を失ったまま消滅しかけて
いました。しかし、風呂炊き、炊事、学校の暖房設備といった人々の
日常に介在していた存在であることと、燃焼時に出る独特な香りから、
亜炭は地域の人々にとっては大変懐かしく、思い入れのある存在で
あったそうです。

「このままでは語られることがなくなってしまう」という危機感から
伊達さんはこのアートプロジェクトを企画構想されました。
同時に、亜炭層と一緒に採掘される埋木(うもれぎ)という硬化した
木材から生まれる「埋木細工」という仙台独自の民芸にも着目し、
これらのアーカイヴと再評価を2012年から行っています。
 
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ここには、毎日地元の方や研究者の方などが訪れ、亜炭や埋木細工について
沢山の情報が寄せられるとのことです。現在は、地域の人々が日々持って
きてくださる亜炭の情報や、埋木をどのように活用するか、試行錯誤されて
いる様子でした。ボランティアの方もいらしておりました。仙台市在住の
佐藤さんは、祖母の親戚が埋木細工で生計を立てていたルーツがおありで、
2014年度からスタッフをされていらっしゃるとのことでした。
また、東北芸術工科大学の施楽さんは2012年の開催当初からのスタッフで
同じく祖父が埋木細工に関わっていた背景があるとのことでした。

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伊達さんにはアートプロジェクトに対する姿勢や考え、経年による
プロジェクトの変化や課題など、様々なインタビューに応じて
いただきました。伊達さんは、「地域に介在していく美術は、触媒になる
ことが必要。美術という形を見せないで入りこむことが重要だと思う。
まずは聞き手として徹することで地域の方々の思い出や情報を出来る限り
受け止めたいと思っている。亜炭香古学によって吸い上がった成果が
地域の人にとって“自分たちのもの”と思ってもらえる成果にするべく
自分は加工業者のようなイメージを持っている」と述べられ、敢えて
しばらくの間は作品というモノとしての具現化を避けていたと
述べられました。

「亜炭香古学」と称されるだけあって、文献やヒアリング、インタビュー
や採掘跡への踏査、埋木細工職人への調査等、研究のようなフィールド
ワークを入念に行うと同時に、アーカイヴを公開することにも重視され
ています。複数の大学研究室が介在するようになったという中でも
「研究」にはしたくないという意志も伺えました。
「研究という形にしてしまうと、記憶の中にある美化、ノスタルジー、
勘違い、思い込みといったことは実証の必要性から削がれていって
しまう。しかし地域の記憶や思い入れ、愛着といったことには前者の
ようなものがあってこそなのではないか。美術というあいまいな器
によって、実証的な記憶も、そうでない記憶もすべて受け止め、
地域の人にとっての亜炭の歴史というものを現したい」
と語られました。「亜炭香古学」は、数々のアートプロジェクトの
中でも文脈を非常に重視した事例であり、多くの学びを得ることが
できました。
 
亜炭香古学は、仙台市市民文化事業団の薄井さんと二人三脚で
行われており、薄井さんの働きによって、よりプロジェクトが地域に
寄り添ったものになっていることを感じました。
薄井さんには滞在のご連絡時から大変お世話になりました。
 

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本日で東日本大震災から丸四年が経ちます。仙台メディアテークで開催
されている「3がつ11にちをわすれないためにセンター」では、
大規模な「レコーディングインプログレス」展が開催されていました。
同展に携わった北野さんにご案内をいただきながら、伊達さん、薄井さん、
メディアテークの清水さん、建築士の齊藤さんと展示を拝見致しました。
看板はとても川俣正風! 展示は大変良いもので、見ていて涙が出ました。
それらは非常に淡々とした記録でもあります。しかし、マスメディアでは
語られなかったパーソナルな記憶が、即物的に発信されては消え行くSNS
とはまた違う形で丁寧に集積されており、アートという視点の強みと
優しさを感じ、考えさせられるものでした。

3がつ11にちをわすれないためにセンター
http://recorder311.smt.jp
 
地域の形成の根幹に関わる歴史文化を、一方では掘り起こし、また一方
では風化しないように伝えていく際に、アートの視点というのは非常に
個人的な視点をも共有財産へと変えてゆく大きな力があると感じました。
現地でお世話になった皆さま、本当にどうもありがとうございました。


 

田川・志免 訪問

仕事で福岡へ行く機会があり、時間がつくれたので田川と志免に足を伸ばしました。他にも見たい所が多々あるのですが、それはまた次の機会に。

まずは田川。石炭・歴史博物館と、敷地内にある立坑・大煙突、高台から見えるズリ山など。




















博物館内では、山本作兵衛の炭鉱画のレプリカ展が開催されており、多くのツアー客が訪れていました。2009年の目黒区美術館と、その後の黄金町バザール、昨年の丸木美術館等で現物を見ていたのですが、現地に足を運んでもレプリカ展示だったのには少々驚きました。やはり、今後現物を見る機会は減っていくのでしょうか。

そして志免。2008年の東京都現代美術館「通路」にて田中一平くんが精巧な模型を制作してくれた、立坑を見てきました。予想以上に、大きく迫力のある構造物でした。のどかな運動公園の中心にシンボリックに存在しています。周辺の鉄道公園などから、住宅街越しに見える立坑の迫力も凄いです。













コールマインラボによる模型(2008年/田中一平 作)




そして、やはりお土産はこちら。


また、九州大学の國盛さんと会う事が出来ました。ぜひまた三笠に来てもらいたいですね。

(菊地)

全国鉱山・炭鉱関係者サミット

菊地です。急遽北海道へ行き、10月6日ー7日に空知で開催された「全国鉱山・炭鉱関係者サミット」と「炭鉱の記憶で地域づくりフォーラム」と関係者バスツアーに参加してきました。


7日は午後から、全国から集まった関係者でバスに乗り込み空知の炭鉱遺産ツアーに参加。北炭幌内炭鉱跡地、住友赤平跡を見学。特に赤平では、立坑の建屋内や自走枠工場の内部を特別に案内してもらいました。圧巻だったのは、赤平の立坑ライトアップ。今にも動き出しそうな力強い姿が夜空に浮かび上がっていました。















8日は午前中に住友奔別炭鉱跡(立坑とホッパー)を見学後、錦坑などを見てから三笠市博物館のフォーラムに参加。炭鉱遺産の価値付けについて熱い議論が交わされました。夕方には再び奔別に戻り、敷地内でバーベキュー。夕日に染まる立坑を眺めながらの夕食は格別なものでした。

















赤平と奔別ではアート展示も拝見させてもらいました。また、全国各地で様々な活動に取り組まれている参加者の皆さんとの交流はとても刺激的でした。とっても濃い2日間でお腹いっぱいです(笑)。
炭鉱遺産は地域にとってどんな価値があるのか、多様な試みが行われるようになり、「こういう事は普通だよね」という社会が来る日もそう遠くないのでは、と思いました。

最後に、11月に行うと告知していたコールマインラボの三笠での制作ですが、諸事情により来年1月になりそうです。もっとも冷え込む厳冬期にわざわざ照準を合わせるあたり、完全に頭がイカレてますが、ご期待ください。


(菊地)



フィールドリサーチ

2009年の締めくくり(?)に某県某所の炭鉱跡へリサーチに行ってきました。
以前から気になっていたマイナースポットですが、ようやく足を運ぶ事ができました。写真を数枚載せておきます。
それなりに収穫がありましたので、いずれ機会があればご紹介したいと思います。




















北炭-ほくたん-

ご存知、北炭とは北海道炭礦汽船株式会社の略称。今や地元北海道でも”ほくたん”という言葉は聞かなくなりましたが、三菱や住友の財閥系と異なり、石炭によって立ち上がり石炭と運命を共にして終焉を迎えたという意味でも、北海道で炭鉱と言えば北炭をイメージされる方が多いでしょう。

先日、目黒で知り合った旧北炭OB職員の方に当時のお話をお聞きしてきました。昭和30年代を平和・真谷地で過ごされた方です。(30年代と言えば、夕張が最も人口が多かった時期にあたります。)
この方は当時の貴重な資料の数々を所有されていると同時に、当時の様子を何冊もの本にまとめられています。同期入社の方や当時を知る関係者などを巻き込み、多角的に当時を知る事ができる内容になっています。社員の目線から見た当時の北炭の姿は大変興味深いものがあります。








「北炭」・「夕張」、この2つは北海道の炭鉱を考える上で特に象徴的な存在に思います。

山口(宇部・美祢)コールマインリサーチ

室長の菊地です。先日、山口リサーチに行ってきました。
10・11月に宇部・美祢の炭鉱マチをフィールドとしたプロジェクトを展開するための下見リサーチです。秋吉台国際芸術村様&宇部ときわミュージアム様との連携プロジェクトになります。

宇部・美祢炭鉱は、北海道とも九州とも異なる、独自の歩みがありました。では、簡単なレポートをご覧ください。


▲山口県観光交流課の吉井様が炭鉱遺産を案内してくださいました。他の産炭地同様に宇部・美祢においても、産業遺産を観光に活かそうという動きがありました。


▲宇部興産(炭鉱から出発した地元企業)の敷地内にはいくつもの炭鉱遺産が現存していますが、許可がないと入れません。観光課が主催するツアーではこれらを見学できるのが大きな魅力だと思います。


▲これも宇部興産敷地内に保存されている立坑ヤグラ。


▲炭鉱の繁栄を支えた旧宇部銀行。








▲宇部炭田の情報が最も集まっている石炭記念館。なんと立坑ヤグラを移設してエレベーターと合体させて展望台にしているという珍しい事例です。


▲敷地内には炭鉱で使われていた設備が展示されています。結構楽しめます。


▲内部では炭鉱関連の資料が2フロアに渡って展示されています。この地方独自の採炭技術なども模型やイラストで紹介されていて興味深いです。


▲そしてなんと模擬坑道もあります。


▲ご存知(?)鉄柱カッペ。


▲噂の展望台。案内をしてくれた管理人は元炭鉱関係の方。


▲展望台から見たときわ公園。海も含め、宇部市街が一望できます。


公園内には萩原守衛の「坑夫」像があります。湖底には元禄時代の露天堀の跡があるとか。




▲元宇部興産で炭鉱に関わっておられた浅野様にお話を聞かせていただきました。氏は「炭鉱を記録する会」を主催し、現在も炭鉱の記憶を記録・編集する活動をされています。


▲「炭鉱を記録する会」が中心となって作成したデータベース。炭鉱当時の写真数千点をデジタル・アーカイブ化した大変貴重なものです。


▲美祢の郷土博物館。規模は小さいながらも、炭鉱と発展してきたマチの歩みが紹介されています。




▲関連資料。特別に中を見せていただきました。


▲市街地にある旧繁華街の跡。


▲往時の繁栄が感じられます。いわゆる遺産だけでなく、マチの様々なところに見え隠れする炭鉱の記憶をリサーチしてみたいですね。

宇部は海底炭鉱で、炭層は水平ながら薄く、炭質も北海道や九州と比べるとよくなかったようです。そのため、早くから石炭以外の事業(主に工業)に積極的に乗り出していった事で今日の宇部興産&工業都市宇部の発展があるようです。また、美祢の方では国内屈指の無煙炭が出たため、海軍が積極的に開発した経緯があるようです。
興味深いのは、宇部興産が炭鉱閉山後も石炭によるビジネス(輸入炭の販売)を行っており、宇部興産の港には国内最大規模のコールセンターを有し、現在進行形のコールビジネスを行っている点です。他の炭鉱マチでは”石炭で栄えたのは昔の話”ですが、宇部では現在も石炭でビジネスを行っているのです。今後の展開を考える上で、このあたりが一つヒントになってくるような気がします。

以下、おまけ


▲コールマインスイーツ。他の産炭地とは異なり、お洒落なチョコレートケーキです。これも珍しい!


▲「くじらのさえずり」 なんと鯨のタン(舌)がこのあたりではよく食べられているそうです。

今後の山口でのプロジェクトご期待ください!(菊地)

資料発掘 in 北海道

菊地です。北海道で炭鉱関係の資料発掘を行っています。
札幌市中央図書館・北海道大学図書館・北方資料センター・北海道立文学館等に通い、どのような資料が・どのような形で・どれだけ残っているのか、見てまわっています。通路展以前から情報蓄積してきましたので、だいぶ把握できてきました。




また、報告が遅れましたが三笠モダンアートミュージアムの体育館(KAWAMATA ROOM)において林研究員の旧産炭地レポート動画を常設展示として上映しています。コールマイン研究室の概説書も設置しましたので、お近くに立ち寄りの際はぜひご覧ください。

三笠市の紹介WEBサイト▼
http://www2.city.mikasa.hokkaido.jp/kanko/art.html

また、追って正式に告知させていただきますが、8月13日(水)に札幌中心部の大通りにあるコンテンポラリー多目的ギャラリースペース CAI02にてアーティストトークをさせていただく事になりました。コールマイン研究室のプロジェクトについてお話させていただきます。※北海道支部の林・相馬両研究員も参加します。
19:30からのスタート予定です。お誘いあわせの上、ご参加お待ちしております。

春の炭鉱風景 in 北海道


北海道支部の林研究員から写真が送られてきました。夕張へサイクリングに行った時に撮影したものだそうです。北海道もすっかり雪が解けて春ですね。通路展会期中に行った時には雪にスッポリと埋もれていた夕張新炭鉱の通洞口▲のまわりには花が咲いているようです。林研究員ありがとうございました!(菊地)






オープンミーティング




菊地です。本日研究室にて中間報告オープンミーティングを行いました。メンバー各自のリサーチ報告を中心に発表しました。リサーチの報告書をラボで公開しましたので、またぜひご覧ください。ご来場いただいたみなさまありがとうございました。(菊地)

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